1カ月間毎日、多摩動物公園に行ってみた。20日目

こんちは、カモシカ

 実は牛らしい。カモでも鹿でもなく牛科の動物であるらしい。カモの部分は全く意味不明だが、鹿と言われればそうとしか見えないので、分類のほうが間違っているのではないかと思えてくる。よーく見てほしいのですが、目の下にも一個目のようなものがついているのがわかるだろうか。一見すると四ツ目の怪物に見えたりもして、へんてこな生き物だなあと感じるが、実際はなんかの分泌液をここから出す穴らしい。

 四つも目があったらめっちゃいいなあと空想したが、眼鏡とコンタクト費用がかさむのでやっぱりあんまりよくないのではと思った。ならば、カイリキーか気合を入れたときの天津飯みたいに腕が四本あるというのはどうでしょうか。腕が四本あれば、風呂に入ったとき、頭を洗いながら体を洗うこともできる。あと、コマネチをしながら飯を食うことも簡単にできるだろうし、ラジオ体操をしながら数独をすることも可能になる。   

 いいことづくめで欠点なしのような気がするがよく考えてみるとそんなこともないかもしれない。まず服がない、タンクトップやオーバーオールくらいしか選択肢はなく、おしゃれの方には少しつらい。カイリキーなんてパンツいっちょにチャンピオンベルトを巻いているいで立ちであり、四本腕生活が長く続くとあんなことになってしまうかと思うと恐ろしい。

 もしくは、四本腕人間に道を尋ねたときのことを想像してほしい。その四本腕男がその辺出身で道に詳しかった場合、スマホなどは見ないだろうから、颯爽と一本の腕だけを郵便局の方角に向け、この道をまっすぐでつきますよーとかかっこつけて教えてくれたとする。その時あなたなら何を思うだろうか、一カ月マンであれば「腕三本持て余しているなー」と感じてしまうだろう。だらんと垂れ下がった三本の腕と、方角を指し示すために掲げられた一本の腕とを見比べることで、三本腕のほうの無駄に存在している感が強く感じられてしまい、この人に道を聞かなければよかったと後悔する羽目に陥るのは間違いない。

 普段の生活の中でも、ペイペイで支払いをしているときや、チョークで黒板に何か書いている後ろ姿などを見たときも、なぜかこっちが損をしているかのような錯覚を感じるかもしれない。そんな風に周りの人間が無用に神経を痛めるのは、四本腕人間としてもしんどいので、これはやめておいたほうが得策だろう。  

 では何が四つあればいいかといえば、みぞおちとかでよろしいのではないでしょうか。弱点が増えたほうが人間味が増して親しみやすいので。 ありがとうございました。